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【メッセージ】覚え書きbyウォーリー木下

難しいことから始めます。
夢から覚めたらまた夢だったり、現実にいながら夢を見る、なんてことが実際にある以上、これはもう、今見えてる世界以外のものがあるんだということは察することができる。
確かに夢とか幻は、脳の海馬で作られる電気信号のひとつであり、記憶の集積から発生する「ちょっとしたエラー」だと言いきることもできる。しかし、その「ちょっとしたエラー」によって一瞬見える世界は、やはりどこかにあるわけで、それは人間の通常能力では見れない世界があると思わずにはいられない。
それは見るために人は宗教や音楽や踊りや麻薬や神話を、今も毎日生産し続けているのではないだろうか。

難しいことは置いとこう。
コントとはもともとは小さなお話、という意味だった。確か小説のジャンルだったんじゃないかな(不確かです)。
小さなお話は好きです。ちょっと違うけど星新一のショートショートはずいぶんはまった記憶があります。小さければ小さいほど、その描いてる世界は大きく感じたものです。まるで俳句のように。壮大さ、というものは、もしかしたら矮小さ、と顕微鏡レベルでは同じなのではないだろうか、なんて考えたりもしますが、とにかくコントをします。
笑えるコントもあれば、笑えないコントもあります。しかしどれもこれも不思議です。不思議というのは、少しだけずれています。たとえば買い物に来た客が、なにを買いにきたか忘れてしまっています。店員は必死で何でも買わせようとしますが、店員自体もここがなにを売ってる店なのかよくわかっていません。買い物客は、買い物をするという行為を忘れて、店員とのやりとりだけで満足してお金を払って帰ります。そういうものです。
その不思議な世界では、男は自分の葬式に向かっています。
別の男は何度でも同じ新聞を読みます。
そこでは別の男は繰り返し巨人になったり小人になったり。
そこでは別の男は何度でも殺され何度でも死ぬ。そして何度でも生き返る。
まるでそれらは演劇の稽古のようでもあったりします(これが大きなミソです)。
どうやら彼らは自分ではそれを正常だと思っているようです。
そういう、コント(ショートストーリー)を繰り返しながら、物語は徐々にその輪郭を見つけていきます-
(以下略)
-台本第1稿より抜粋-


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