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小説版「百年後の博物館」ロゴ


グランドキャニオンの岩肌に夕日が映えていた。真っ赤に染まったその自然の彫刻は美しくもあり、同時に地獄のような風景でもあった。岩場に身を潜め、少年はサビ男との約束を思い出した。すっかり忘れていた。サビ男は、苦しそうにするわけでも、悲しそうにするわけでもなく、岩場に横たわっていた。その色は、周りの風景と同化して、まるで最初からずっとそこにいたかのような錯覚に陥った。サビ男は、グランドキャニオンで生まれたんだ、と少年は思った。だとすれば、ここで死んでいくことも本望なのかもしれない。しかし死ぬという概念がサビ男にはなさそうだった。あるとすれば消えていく、とか、別の場所に移動する、とか、そのようなものだ。少年は、直感で、サビ男にはなんにせよ、もう会えないんだろうな、と思った。それでも思い出した約束は口にした。
「ねえ、覚えてる? サンタモニカの海に一緒に行くって言ったこと」
「もちろん覚えてる」
相変わらずサビ男の声は、風の音とそっくりだった。ひゅーひゅー。「あそこはいい。しかし俺は見てるだけだ。なんせサビ男だからな。海には入れない」
サビ男は少し笑ったように聞こえた。しかしそれも風の音でかき消えた。
「ねえ、他に行きたい場所ってある?」
「そうだな、だいたい行ったからな」
「だいたい行ったの?」
「ああだいたい行った。真っ赤な海にも行ったし、燃えてる山にも行った、人々がずっと笑ってるような町にも行ったし、逆にみんながずっと泣いてる町にも行った。誰もいないところも、そこは風だけが気ままに吹いてる場所だよ、そんなところにも行った。祈りの声しか聞こえてこない場所は陰気だったな。動物たちが喋る草原ってのもあった。あそこは楽しいぞ。ああ行ってみたいところが思いついたよ」
「なに?」と少年。
「百年後ってのはどうだ」
「百年後?」
「百年後になら行ってみたいな」
「長生きするよ」と少年は言った。「いま決めたよ」
「なあ少年。決めるってのは、実はそんなに難しいことじゃないんだ。忘れるなよ。難しいのは、そのあとなんだ。決めたことに全身全霊、立ち向かっていくことなんだ。どれだけ風が吹いても飛ばされないようにしろよ、少年」
サビ男の言葉は、吹き荒れる風に混じって消えていく。サビ男の声自体が風の音だった。本物の風の音とサビ男の声が入り交じって、少年には区別がつかなくなっていった。そして少年はサビ男の手をしっかりと握り、さよならを告げた。

それからしばらくして、サビ男の身体は、砂に同化し始めた。まず右足がなくなった。それから左足が消えて、その次に胸の辺りが崩れ落ちていった、顔は最後まで残っていたが、大きな風が一陣吹いて、すべてをさらっていってしまった。
あたかも百年の時間を早送りで見るような感覚だった。風化、という言葉をまた思い出した。
こんなことを考えた。
そういえばここはトリの生まれた場所なんじゃないだろうか。だからここに来たんじゃないだろうか。そういえばトリとサビ男はそっくりじゃないか。赤い顔も、くっきりとした目鼻立ちも、一見怖そうだけど本当は優しいってことも。
少年はそこにふたりぶんのお墓を作った。小さな石を拾ってきて、その上に置いた。夕闇があたりを覆い、それからホテルに戻った。


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