

ここらのホテルはどこも景観を損ねないために、1階建てのコテージ風のつくりになっている。サビ男が案内したホテルは今まで泊まってきた安モーテルとは佇まいからして違った。石造りの門構えにはトーテムポールが番人のように立っている。リムジンでも入れるほどの広大な車寄せにはドアマンが恭しく待ち構えていて、ロビーに入っていく客たちもどこか身分のいい人たちに見えた。
ロビーに入ると、天井はガラス張りで、巨大な観葉植物が中央に置かれ、壁にはインディアンの仮面や工芸品が飾ってあった。たくさんのホテルマンと観光客が、慌ただしく往来している。
「この中にいるの?」と少年は聞くと、「間違いない」とサビ男は答えた。
少年は人並みの中から父親を捜そうとしたが、それらしき人物は見当たらなかった。まず日本人が見当たらない。そもそも、日本人の特徴というのも掴めていないから、日本人かと思って近づいてみると、へんてこな言葉で話しかけられたりした。
サビ男は少年に言った。「未来を思い浮かべればその通りになるんだよな。じゃあ、思い浮かべてみたらいいじゃないか。お前が父さんと出会ってる姿を。そうすれば自然と会えるだろう」
少年は、とても悔しそうな表情でサビ男を見た。「そんなことはわかってるよ。でも無理なんだ」
「どうして無理なんだ」
「わからない」と言って、少年はうつむいた。わからないことはない。
「わからないことはない」とサビ男は言った。少年の心を見透かすように。
「自分の未来は見えないんだ」と少年は言った。そんなことはない。
「そんなことはない」とサビ男は言った。
「そんなことはない、ただ怖がってるだけじゃないのか。お前は自分の未来を考えるのが怖いんだ。父親に会うのも怖いし、会っていろんなことを思い出すのも怖いんだ」とサビ男なのかそれとも少年の心なのかが言った。
そのとき、入り口から警察官が数人入ってくるのが見えた。彼らは誰かを探してるようだ。そして少年と目が合うと、確実に歩をこちらに進めた。少年は、とっさに逃げ出した。
「おい、どこに行くんだ」とサビ男が激しく叱咤した。
「うるさい!」と自分の中のサビ男に向かって答えた。人込みをかき分け、少年は自動ドアを抜け、外に出ると、目の前にサビ男が立っていた。「警察を呼んだのはお前だ。どうしてここまで着たのに、逃げるんだ?」
「どけ!」とサビ男を払い、少年は車寄せを突っ切り、外に飛び出す。わけもわからず走った。後からは警察官が追いかけてくる。捕まるのは時間の問題だ。どうしてここまできたのに、逃げてるんだ。自分でもそう思う。それでも少年は、やはり、会いたくないのだ。今更、過去の自分と会ってどうなるってんだ。未来のことをこれだけ考えられるんだ。自分はもう馬鹿な子供じゃない。もうサビ男の助けだっていらない。ひとりでどこにでも行ける。実際、こんな遠いところまでひとりで来たじゃないか。いつの間にかサビ男が隣にいる。
「なあ、本当にそう思ってるのか。ひとりで生きていけるって」
「当たり前だ。世界の果てにだってひとりで行ける。僕はもう子供じゃないんだ。どこでうんちをしたらいいのかもわかるし、買い物をするときになんて言えばいいのかだってわかる。値切ることだってできるさ。もう少しがんばれば、英語だって喋れるようになる。いつか煙草の吸い方だって覚えるし、暗闇だっていつかは克服するだろう。だからもういいんだよ、サビ男。僕は−」
パンという銃声が聞こえた。もちろん銃声なんて初めて聞くからそれが銃声だって、どうしてわかったかって言うと、火薬の匂いがしたからだ。警察官は50Mも向こうにいるけど、それが威嚇射撃だってこともわかったけど、どうしてじゃあ、目の前にいるサビ男が倒れてるんだ?
身体がすくんで動けなかった。サビ男が倒れている。振り向くと警察官がこっちにやってくる。少年はサビ男の肩を担いで、逃げようとする。サビ男の体を初めて持ったけど、信じられないくらい軽くて、びっくりした。まるで空っぽのビニール袋のようだ。
少年は、自分の想像している未来のままに、渓谷の方に走り出す。

