indexロゴ百年後の博物館ロゴ
小説版「百年後の博物館」ロゴ


「僕のこと覚えてますか」
「いいえ」と無機質な声で反応した。「誰でしょう」
どうして嘘をつくんだ。僕は苛立った。そして単刀直入に聞いた。
「どうして僕の家に砂を運んだんだ?」
吉沢さんは、黙っていた。僕はもちろん確信があって言ったわけではない。ただ、エドモント・テーラーの世界が消えてしまった以上、僕にとって彼女は最後の綱なのだ。さらに、かまをかけてみた。
「それでも僕が何も気づかないからFLAGILEというメッセージを書いた。そうでしょ。あの火事のことを示唆してたのか? そもそもどうやって僕の部屋に入ったんだ?」
「すいません。何をおっしゃってるのか、見当がつきません」
吉沢さんは本当に何も知らないようだった。僕のこともすっかり忘れてしまったのだ。庭でのやり取りも。風呂場に砂を置いていったことも。
「弟は、行方不明の弟さん、彼の話を僕にしましたよね」
「弟? 弟の知り合いですか? 弟は見つかりました。おかげさまで。本当にうれしかった。私の祈りが届いたんです」
にっこりと笑った。その笑顔は偽物ではないように思えた。
「どこにいたんですか?」
「私のお世話になってる人たちが見つけてきてくれました。弟とふたりでこれからもその人たちに恩返しをしていこうと思っています」
「そうですか、それは良かった」と僕は言った。「見つかったんなら、よかった」
「ええ、本当に」と彼女は満面の笑みで答えた。
「あの博物館、いつ燃えたんですか?」
「ああ、あそこですか。半月ほど前に、燃えてしまいました。でももう大丈夫です。私はあそこには行かないので」

吉沢さんは夢遊病者のように支払いを済ませて店から出て行こうとした。
僕は思い切って、吉沢さんに言いたいことを言った。「もう一度会えませんか」
まさにこれこそ人生は小説よりも滑稽だ。僕はうどん屋のレジの前で何を言ってるんだ。好きなのか? たぶん好きなんだろう。でもそれ以上に、僕はどうしても言いたいのだ。それは吉沢さんに言いたいというよりも、世界中の人間に言いたいのだ。
「あなたがもし壊れてるなら僕が直してあげます」
いやはや、最低な台詞だ。

それから10分後にきつねうどんがやってきた。相変わらず美味くもなく不味くもない普通のうどんだった。
家に着くと時計は12時を指していた。引き出しを開けて砂を調べてみようと思ったら、そこには砂はなかった。ビニール袋ごと消えていた。すべて僕の妄想だったのか。そうだとしてもそれが何だと言うんだ。
HEPの星川さんにメールで、もう一度最初から書き直させてくださいとお願いした。
パソコンに向かって僕は「百年後の博物館」を書き始める。自分の身に起こったことを書いてみよう。それだけしか僕にはできないな、と思った。そうすれば今度こそ、百年後の博物館にたどり着けそうな気がした。


←前のページへ │ ↑このページのTOPへ │ 次のページへ→
indexロゴ百年後の博物館ロゴ