

駅までのつもりだったが、結局関空まで見送った。雪による遅延のせいで、たくさんの旅行者が時間をもてあそんでいた。彼女の飛行機は定刻通り出発するそうで、空港に着くと慌ただしくチェックインを済ませ、キャリーバックを預けた。そのときにFRAGILEのテープを貼り直してるのが見えたので気になって聞いた。「なにが入ってるんですか」
「え? ああ。別に壊れ物なんてなにも入ってないの。ただああいうテープは貼ってもらった方がいいの。その方が扱いが良くなるから」そう言って笑った。
確かに世の中とはそういう風にできている。実際の中身が何なのかよりも、貼ってあるラベルで人はそのモノや人を判断する。そういえば僕の周りにも自分で自分に「壊れ物注意」のテープを巻いて歩いている人たちはたくさんいる。最近で言えば、吉沢さんがまさにそうだ。僕は彼女のことを何も知らない。ただ彼女のテープを見て、彼女のことを判断した。
それからすぐにタカハシさんはゲートに消えた。またどこかで会えればいいですね、もしキノシタさんのお芝居が見れたら見に行きます、そんなやり取りをした。
帰り道、僕は貝塚に寄った。空港から近いし、それにどうしても気になってることがあったのだ。それはエドモント・テーラー記念博物館の展示品の中に謎を解くヒントが隠されてるんじゃないかと思ったのだ。インディアンの部屋をもう一度見てみようと。もしもそこに「砂」があれば・・。
夜も遅いので閉館してるかもと頭をよぎったが、最悪潜り込んでやれと決めた。貝塚もこれで3度目だ、もう道は覚えた。とタカをくくってたら、完全に迷った。夜にくるのが初めてだからか、さんざん同じ場所に出てきてしまった。ようやく博物館に辿り着いたとき、道に迷った理由がわかった。何度も通り過ぎていたのに気づかなかったのだ。なぜならそこは空っぽだったから。僕は呆然と、その跡地を眺めた。博物館は消失していた。日本家屋があるべきところは、すっかり空き地になっていた。わずか3ヶ月足らずで、いったい何があったのか。
足を踏み出してみて、すぐにわかった。暗闇の中、気づかなかったが、足下には無数の黒焦げたものが落ちていた。火事で燃えたのだ。地面に手を当てるとひんやりとした感触があり、掴み持ち上げたものは原型をとどめぬ何かの灰だった。エドモント・テーラーはこれで事実上、歴史から消えた。
それから例のうどん屋によった。「茹でるか、茹でざるか」のうどん屋だ。ちょうど暖簾を下ろす時間だったが、おばちゃんは快く入れてくれた。前回と同じテーブルに腰かけると、目の前のテーブルには吉沢さんがいた。吉沢さんがひとりでうどんを食べていた。僕は「きつねうどん」を注文し、彼女が僕に気づくのを待ったが、いっこうに気づく様子もなく、ついには勘定を支払う段取りまでし始めたので、あわてて彼女のテーブルに向かった。

